大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)1455号 判決

東京都武蔵野市吉祥寺南町一丁目二〇八三番地

上告人

箕輪一郎

右訴訟代理人弁護士

中条政好

東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二八六四番地

被上告人

武蔵野税務署長

金森三郎

右当事者間の東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第七三七号所得税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和三八年一〇月三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中条政好の上告理由法令違背の違法について。

論旨は、原判決は、上告人の昭和二八年度の所得計算につき、その電気、ガスの消費量から売上高を推計しこれに所得標準率を適用する方法を採用したのを正当としたが、それは、当時(昭和二九年法律五二号による改正前)の所得税法四六条の二第三項所定の推計方法を用いて更正を行なうことを許したいずれの場合にも該当しないというにある。

しかし、電気またはガスの事業上の消費量は、その事業における生産量、販売量、原材料使用量、従業員数等と同様、その事業の規模を示すものであり、売上高に対する所得標準率の適用は、事業の収入状況から所得額を推計するものにほかならない。したがつて、これらによる推計は、いずれも前示法条における「収入若しくは支出の状況又は事業の規模により所得の金額又は損失の額を推計」するとの文言に根拠を求めることができるのであつて、これを同条の認めない推計方法とする所論は、理由がない。

同事実誤認の違法について。

論旨は、上告人の法令並びに会計原則等に準拠した正しい所得金額の申告にもかかわらず、原判決が、上告人の帳簿を信用しがたく実額調査はできないとする被上告人の主張を容れて所得金額の推計を許し、しかも所得標準率の使用によつた算定額を相当と認めたのは、事実の誤認をおかすものというにある。

しかし、原判決は、上告人の帳簿関係については、証拠に基づいて現金出納帳、洗濯物受払帳、売上帳、経費帳等に部分的に欠損するところがあつて、その記帳に信用がおけないものであつたことを認め、訴訟に提出された唯一の帳簿である金銭出納帳についても、その記帳の状態から推して、その整理の正確であることを証するに足りる資料の提出がない以上、その記載のみを信用して上告人の所得を認定しがたい旨を判示しており、その判断に違法と目すべき点は存しない。そして、かように帳簿は信用しがたく、他にその収支関係を証する適切な資料の提出もみられない場合に、いわゆる所得標準率の使用による所得金額の推計もまたやむをえないところであつて、それが推計であるかぎり上告人の真実の所得に正確に合致することを期しがたい故をもつて、事実誤認をおかすもののごとくいう所論は、首肯しがたい。論旨は採用できない。

同審理未尽の違法について。

論旨は、上告人は、その事業を会社組織とした大竹クリーニング株式会社の昭和二九年度の営業実績から本件係争年度の売上高の推計を正当づけうるとする被上告人の主張を争うほか、右会社の営業実績はむしろ上告人主張の売上高の正しいことを裏付ける旨を主張したのに対し、原判決がなんら判断を示していないのは、審理不尽というにある。

被上告人主張の売上高推計の当否の判断について、原判決が前示会社の営業実績による主張は判断の資料に供さない旨を判示したのは、このような経営形態も所得年度も異なるものの営業実績は、判断の資料として適切でないと認めたためと思量され、このことは、右の上告人の主張についても同様ということができる。しかも右の上告人の主張はひつきよう被上告人主張の売上高の推計を非難するものにほかならない。してみれば、右会社の営業実績を売上高推計の判断の資料に供さない以上、これに関する非難については説明すべきかぎりでないとした原判決からは、右上告人の主張を適切でないものとして採用しない趣旨を十分看取しうるのであるから、これに所論の違法があるものとはなしがたい。

また論旨は、上告人が被上告人主張の所得金額推計の方法としての所得標準率の使用並びに採用を失当として争つたのにかかわらず、原判決がこの点について判断を示さず、被上告人の主張を容れたのを、審理不尽と主張する。

しかし、原判決は、その理由一において、上告人の帳簿の不備とクリーニング業の業態から所得推計につきその事業における電気およびガスの消費量によつて年間の売上高を推算し、これに所得標準率を適用する方法をとること自体は、合理的でないとはいえない旨を判示して、かかる場合における所得標準率の使用を相当と判断したうえ、証拠に基づき若干の修正を加えながらも、右の方法によつて上告人の売上高を算定し、これに成立に争いのない乙第八号証の一(昭和二八年一二月東京国税局作成に係る昭和二八年分商工庶業所得標準率表)に掲げられた西洋洗濯業者の所得標準率六〇・五パーセントを六〇パーセントとして適用し、かつ右標準率作成につき考慮外に置かれた特別経費として傭人費額および地代額を控除した金額をもつて上告人の所得金額としているのである。したがつて、前示書証によつた所得標準率の上告人の事業に対する適用が具体的に妥当しない事実の証明としてみるべきもののない本件において、右標準率の数値によつて算定されたところは、特別経費控除の修正と相まつて、一応上告人の所得金額とするに足りる真実近似性を保有するものと推定したと認められる原判決には、所論の違法は存しないというべきである。論旨はいずれも採用しがたい。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 石坂修一 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)

○昭和三八年(オ)第一四五五号

上告人 箕輪一郎

被上告人 武蔵野税務署長

上告代理人中条政好の上告理由

一 本訴により取消を求むる処分は、被上告人に対し昭和二九年五月二日付再調査の請求により取消を求めた本件所得税更正決定であり、この更正決定が推計計算によるものであることは判文上寔に明白である(判決第一三頁第一一行、同第一五頁第五行及第七行以下参照)。

二 推計計算を認容した根拠は金銭収納帳(甲第二)洗濯物の受払台帳・売上帳・経費帳等を引用し、上告人のこれ等の営業帳簿信用し難い。当該帳簿によつては正鵠に当該年度の所得金額の把握ができない。そこで推計を用いたと言うのである。

被上告人のこの主張を前審がそのまま認容した事実は第一三頁第一〇行以下の「控訴人の所得金額を帳簿により算出することが出来ないとすれば推計によつて認定することもその方法が不合理のものでない限りやむを得ないものとしなければならない」と判示した事実及び第一五頁第五行の「かような推計計算自体は合理的でないとはいえないであらう」と判示した事実によりこれも又明らかである。

三 以上推計計算に関する被上告人の主張並にこれを認容した前審判決は次に述べる(一)法令違背の違法及び(二)事実誤認の違法があり、いずれも判決の勝敗に重要な影響力を有するものである。

(一) 法令違背の違法

(イ) 所得税法上、所得金額の算定について推計を行い得る場合及びその用い方の要件は旧所得税法第四六条の二第三項に厳重な規定があり規制されている。

(ロ) 推計を用いて更正決定を行ない得る場合は限定されている。企業の財政に生じた限られた左記の異状についてこれを正常化せしめるために行なう会計行為であり、これを限定した理由はその濫用を規制しようとしたものであることが考えられる。

一 財産の価額

二 債務の金額の増減

三 収入若しくは支出の状況

四 事業の規模

勿論所得金額の算定に影響あることを必要とする。

(ハ) 処が被上告人が上告人に対して行なつた本件推計による更正決定は前記のいずれにも該当しない。

而、旧法第四六条の二第三項は憲法第八四条に基き納税義務とその限界を保障する規定であり、被上告人の行なつた推計は本条に違背し、自体排斥されなければならない運命にあるものと思料する。

(二) 事事誤認の違法

(イ) 被上告人が用いた計算方法は所得標準率を用いたものである。これを推計となすのはその事実を誤認するものである。

(尚所得標準率を使用しても正確に所得金額を把握し得ないことはしばしば評論してあります。)

(ロ) 上告人は補助簿たる金銭収納帳・洗濯物受払台帳・売上帳・経費帳その他により所得税法第九条以下、商法第三二条・第三三条並に企業会計原則・損益計算書原則等に準拠して当期の決算を行なつている。

この点本件申告の所得金額は正しい計算方法によつて行なわれており批難される筋合は毫も存在しない。

(ハ) 被上告人は上告人の営業帳簿より所得金額の算出は不可能だと主張するが、これはその欲する処の思惑に相当する所得の算出ができなかつたと言うに過ぎない。

この場合金銭収納帳(甲第二)の家事費の記載が批判されるがこれもあたらない。これは妥当である。これを妥当でないと論ずるのは金銭収納帳の記載は常に現金と一致することを必要と考えるものであつてこれは間違つている。

被上告人はこの点に於ても又、事実を誤認するものである。

(三) 審理未尽の違法

(イ) 第二二頁八行以下において「控訴人は昭和二八年中の控訴人の個人営業と昭和二九年中の控訴人が代表取締役である大竹クリーニング株式会社の営業とは種々生産条件を異にするから、後者の売上高から前者のそれを推計し得られる旨の被控訴人の主張は当を得ない旨を主張する。当裁判所は被控訴人のこの点に関する主張を判断の資料に供しないから、この点の非難について説明をすべき限りではない。」と判示し被上告人の主張並に上告人のそれに対する主張は判断されなかつたが、上告人は上告人の申告並にその計算が正しいものであると言う事実を証明するための主張であり、この点に関する判断は真実の把握に相当役立つものである。この点に於ても前判決には審理未尽の違法あるを免れない。

尚、所得標準率の使用並その採用の点を争つていたにもかかわらず前審がその点について判断しなかつたのは審理未尽の違法があつたものと思料する。

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